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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1622号 判決 1968年11月29日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示欄に記載するところと同一であるから、これを引用する。

第一、原判決原本二枚目表の原告の申立として『主文第一、二項及び第四項と同旨に加え、「被告は原告に対し昭和四二年三月以降、毎月二五日限り金三二、九八九円を支払え」との判決並びに仮執行の宣言』とあるのは、『主文第一及び第四項と同旨に加え、「被告は原告に対し金五七五、一〇七円を支払いかつ昭和四二年三月以降、毎月二五日限り金三二、九八九円を支払え」との判決並びに仮執行の宣言』の、原判決原本八枚目表一〇行目の控訴人の主張中「その例を」とあるのは、「その例に」の各明白な誤りであるから、これを更正する。

第二、控訴代理人の追加主張

一、就業規則が主として職務秩序の確立、職場秩序の維持、職場における労働設備の管理等を目的とすることから、その懲戒規定に定める懲戒事由が従業員の服務規律違反、職場規律違反、会社財産の侵害等企業活動の領域における行為であつてその性質上明らかに企業の利益を害しまたは害する虞があるとみられるものを対象とすることは当然であるが、従業員は企業組織の中に組み入れられて一つの経営協同秩序を形成するものであるから、被控訴人の主張するように、労働契約を介して企業との間に置かれている地位が単に企業の生産組織において労働力を提供するにあるのみでなく、経営協同秩序たる企業の社会的地位、信用を維持すべき義務をも負うものである。けだし、このことは従業員が使用者の特別権力関係に服するという意味でないことは勿論であるが、経営協同秩序を形成する企業の社会的信用を傷つけることは、企業活動を鈍らせるとともに他の従業員の士気ないしモラルの低下をきたさせるからである。これが「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」を賞罰規則第一六条第八号に懲戒の対象者として掲げているゆえんである。したがつて、企業経営の採算に影響を与えることの有無をもつて会社の体面を汚すか否かをきめようとする被控訴人の主張は失当である。

二、使用者は労働基準法第二〇条第一項但書によつて非行労働者に対する即時解雇権を有するものであり、就業規則に懲戒解雇をなしうることを規定したのは、この即時解雇権をなしうる場合を限定したものである。就業規則が法規範的効力を有するとしても、同時に労働契約の内容となる基準を明確にしたものであつて、契約的性質を有することも忘れてはならない。したがつて、就業規則の制定権者たる使用者が即時解雇をなしうる場合を限定しても、その解釈適用について全く自己の裁量を容れうる余地がなく、客観的規準のみに従わなければならないというのは就業規則の性質を正しく理解したものとはいいがたい。

第三、被控訴代理人の追加主張(控訴人の右主張に対する反論)

一、就業規則は、使用者が企業経営の必要上労働者の労務遂行に関する規律を確立することを目的としてこれを制定するものであつて、職場秩序の維持に必要な諸規定、とくに服務規律とその違反に対する制裁を規定するのが本来の内容なのである。元来、使用者と労働者とは労働契約によつて結ばれ、労働者は右契約により労働力を提供し賃金を取得するものであつて、右の契約外の私生活上の問題について使用者から特別の規制を受けることはない。就業規則は、労働者の私生活上の問題について原則として規律すべきではないし、また、それを目的とするものでないことは明日である。

就業規則が労働者の私生活上の事項を原因として労働者を懲戒解雇できる場合を規定するとすれば、例えば、労働者が自己と使用者との労働契約関係に基づく信義則上の要請に反して使用者の企業の採算性や信用を意識的に毀損する言動をなし、それが現実に企業の採算性や信用を著しく害した場合とか、あるいは、労働者の行為の結果から使用者の企業の採算性や信用が著しく毀損低下させられる結果が生じた場合であつて、もはやその者を企業外に排除しなければならず、雇傭関係を継続できない状態に立ち至つたときでなければならない。したがつて、かりに就業規則に私生活上の問題を懲戒解雇理由として定めている場合であつても、その解釈適用にあたつては最も制限的に厳格になすべきである。

二、就業規則については、その法規範性を認める立場からもこれを否定する立場からも、懲戒処分の規定の適用については客観的合理的になされるべきであつて、使用者の自由裁量は許されない。

第四、証拠関係(省略)

理由

当裁判所も被控訴人の請求を原審が認定した限度において認容すべきものと判断するが、その理由は、次につけ加えるほか原判決理由欄に記載するとおりであるから、これを引用する。

一、被控訴人の請求にかかる各月の賃金債権のうち昭和四三年九月分までは当審口頭弁論終結時(同年一〇月四日)に弁済期が到来しているので、将来の給付請求としては、同年一〇月分以後控訴人が被控訴人を現実に復職させるまでの賃金債権についてこれを認容することになる。

二、当審証人鈴木寛夫、同待井勉、同金子僚造の各証言、その他本件全証拠をもつてしても、当審の引用にかかる原判決の認定を動かすには足りない(かえつて、当審証人金子僚造の証言により同証人の作成にかかるものと認める乙第一四号証によれば、被控訴人に対してされた本件懲戒解雇処分は、他の懲戒例に比して均衡を失し苛酷に過ぎることが窺われる。)

三、控訴人の当審における追加主張中、その第二の一の点についての判断は、当審が引用する原判決理由二(一)の説示に尽されているので、ここではその第二の二の点について判断すれば足りるところ、就業規則の懲戒解雇に関する規定の適用にあたつては、客観的合理的に解釈してしなければならないものと解するから、控訴人の主張するところが、右のような解釈の限界をこえて使用者の主観的裁量を許すべきであるとするのであれば、到底これを採用することはできない。

よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条に従い、主文のとおり判決する。

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